クセニア・ストルボワ選手、新しいペア結成や練習について語っています。

ペアのクセニア・ストルボワ選手、クリモフ選手とペアを解消して、新しいパートナーと練習をしています。彼女のインタビューがありましたので、一部を抜粋して訳してみました。

ロシア語→英語→日本語です。

英訳された記事はこちらです。

 

I→質問者

K→クセニア・ストルボワ選手

記事が英訳されて投稿されたのは2019年8月です。

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【クセニア・ストルボワ︰一年半前、この先どのように生きていくか、何をしたらいいのか、私には全く分からなかった。】


I︰一年半前に新しいパートナーと練習を始める事は、26歳という年齢の貴方は実際、さらにスポーツマンらしい生活を全く最初から始めました。貴方のトレーニングの過程で、時には譲歩しなければいけませんでしたか?


K︰いいえ。困難や怪我があるにも関わらず、です。26歳で誰かと共に再度スケートを始める事は、16歳や18歳の時とは違います。違った振る舞い、コミュニケーション、全てが違うと気づくのてす。でも第一に、私はどこに行き着こうとしているかを初めから理解していました。

第二に、アンドレイと私は物事を初めから取り掛かる年齢ではありません。単純にそういった時間は無いです。加えて、私達の目標と務めは全く同じなのです。


I︰おそらく、依然として貴方自身を訓練するために強いるというのは厳しかったでしょう。競技をする機会が、長い期間は無いと知ること、貴方自身と他の人を比べた時には。試合をするアドレナリンを得る事。

その代わりに、貴方は単調な仕事をしなければいけない。終わりの無いように見えるものです。


K︰まぁ、その全ては私にはもっと良い物に見えますね。私にとっては、確実に。以前のキャリアを通して、私がフェドール(・クリモフ)と滑っていた時は、競技会において長い休憩を一度も取りませんでした。そこで起こった小休止は常に、無理に追いやったものでした。それは同じ理由で、怪我という事です。そのために氷上に戻る時はいつも、急いでいました。そしてこれは非常に大きな心理的、身体的な負担です。定期的なストレスです…スケートが出来ない、パートナーが滑れないと心配するのです。それで時間が足りなくなります。試合を回避しなければいけない。

今、アンドレイと私は分かっています。テストスケートへの準備という点において、一年で完成させなければならない確かな計画があるという事です。そして全てを最大限でやります。今の所、これが私達の最重要な務めです。何故なら次に演技をするに当たってはどのような場合でも、テストスケートによりけりです。

それでも私達はどこも急ぐ必要はありません。試して、要素を学び、踊るための多くの時間があります。その全てが、素晴らしい内なる自由を与えてくれるものです。鼓舞したり、奮い立たせてくれさえもします。


I︰逆に、貴方がクリモフと共に、過去2シーズンどのように練習して演技するのかを見ていた時は、スポーツにおける貴方の時間は過ぎ去っているという感覚がありました。そしてそれは取り戻せないと。今はそのような感覚はありません。結果が見えます。


K︰当然、時が経つのは早いものです。でも私は確信を持って言えますが、今年中はそれぞれの練習日から最大限のものを得ました。何かの学びとなるたった1つの機会でも見逃しませんでした。


I︰それでは貴方には、もっと良く出来たのではという感覚は無いという事でしょうか?


K︰勿論あります。常にあるだろうと思います。プログラムの演技のようなものです。どれほど理想的な滑りをしたとしても、常にこう考えるのです。何かもっと良く出来たのではないか、何かどこかへ加えられるのでは…技術や表現を。

もしかしたら私はただそういう性格なんです。以前の全年月における私の演技の中で、たった一度だけでした。私が氷上で最大限のものを見せたと、本当に理解した時というのは。


I︰2015年のグランプリ・ファイナルでしょうか?


K︰いいえ。ソチ五輪でのフリープログラムです。グランプリ・ファイナルでの私の演技について、沢山の質問をもらってきましたね。


I︰今一番満足する事は何ですか?

このフレーズの続きをお願いできますか︰「私は良くできます。でも…」


K︰私では無いですね。でも全ての人の事です。気に入りましたよ。今日まで、今年がどう進んできたのか、を気に入っています。どのように氷上に乗ったのか、どう感じるか、どう振る舞うのか。でもこれは私だけの功労ではありません。アンドレイとコーリャ・モロゾフに感謝しています。そして私達と仕事をして助けてくれた、全ての専門家達にも。タマラ・モスクヴィナは色々な条件も無く、私達がサンクトペテルブルクで練習するために彼女のリンクを与えてくれました。そしてフローラン・アモディオです。Vozhaniにて、私達がトレーニングキャンプを行った場所の1つです。

 

(中略)


I︰貴方にとって問題の要素であるトリプルツイストに、どの程度の範囲までそれは関わるものでしょうか?シングルの専門家以外はハイクオリティのツイストを教える事が出来るようになると、かつては言われていましたが。


K︰ツイストに関しては、私は即座にチームに言いました。彼らが必要だと思う事は、何でもやりますと。私は自分のパワーで全てをやるつもりです。以前よりもこの要素を良くするために。私の意見では、私達は意義のある過程を経ています。


I︰貴方のパートナーが既に私に話したのですが、スタニスラフ・モロゾフが貴方と取り組んだ仕事はとても力強いものだったと。

ところが他の事で明確でないものがあります。貴方は一年中ニーナ・モーザーのグループでクリモフと滑っていました。モロゾフはそこで働いていた。何故ツイストの間違いを以前に修正しなかったのですか?


K︰私達はスタニスラフと取り組んだ事は一度もありませんでした。私達がリュドミラとニコライ・ベリコフィからモーザーの所へ行った、まさに最初の日から、私達はヴラド・ゾフニルスキーとだけ練習していました。


I︰でも何故でしょうか?やはりその時から、モロゾフはツイストの全詳細を知っている専門家という評価がありました。そしてどのペアにも要素の教え方を知っています。


K︰少しだけ貴方の言葉を訂正しましょう。ただ"教え方を知っている"のではなく、むしろ、何をどのようにやる事が必要とされているかを、理解しない事が不可能なほどに、この要素の全ての解釈を彼は説明できるのです。私は技術の仕事をこれほど徹底的に説明する事が出来る、別のコーチに会ったことがないです。


I︰それゆえに、私には変だなと思う事があります。貴方の前コーチがそのような専門家の助けを利用しなかった事です。コーチは貴方に深刻なツイストの問題があると知っているのに。


K︰何があったのかを説明するのは私には厳しいです。でも初めから、ニーナ・ミハイロヴナとスタースは独占的にターニャ・ヴォロソジャールとマックス・トランコフのために働いていました。そして、このペアが全ての点において優先的である事は、誰の目にも明らかでした。


I︰ひょっとすると貴方とクリモフ、そしてヴェラ・バザロワとユーリ・ラリオノフは言う事が可能でしょうか。同じ時期に貴方とモーザーのグループにやって来た選手達です。そしてターニャとマックスのために、スパーリング・パートナーとして練習していました。


K︰まず第一に、フェドールと私は自分達のために練習していました。五輪チームの資格を得て、ソチへ行くためです。私の最大の夢でした。非常に巨大な夢です。ですから、私は誰かのために練習していた、とは言いません。

同じ方法で、私達は今アンドレイと練習しています。私達のスタースと、パヴェル・シリュサレンコ、アンドレイ・フィロノフとのジョイント・トレーニングは、大きな躍進となりました。

私達は一度に全ての要素を急いで取り組む事はしませんでした。私達は入念に全ての鎖を繋ぎ合わせて行ったのです。私達は分けて練習していたんです。ステップ、ジャンプ、ペアの要素。

ツイストを調整する所へ来ると、非常に多くの時間をフロアで過ごしました。私達は夕方の5時にトレーニングに来て、夜の11時に出るのです。この13年間の主要な問題としては、ツイストでミスをし続けている事です。このために、テンポに違いを加えます。結局、アンドレイも彼のやり方でやっていた演技をしますから。この全ては一つ一つ修正していきました。


I︰ソヴィエトの時代に戻ると、沢山のリサーチがありました。トレーニング・キャンプの最初の3週間で、どのアスリートが最も効果的に練習をしたか、に従って。それから早く疲れ始める人、トレーニングの有効性を減少する人です。選手はパームのトレーニング・キャンプで2ヶ月を過ごしました。難しい事だったでしょうか?


K︰当然、私達が沢山の練習をした後には、そのような瞬間があります。でもこれは毎日新しい事を発見する機会として補償されていました。私達はプログラムの振付をして、ペア要素に取り組みました。ずっと年下のペア達とスケートをしました。でも最も重要な事は、全て自分が欲したものだった事です。何故これが必要だったのかを理解していました。


I︰貴方とアンドレイが一緒にスケートを始めたばかりの頃、多くの人が貴方の将来について確かな懐疑を抱いていました。それは感じました?


K︰勿論です。一般的に、私はいつも感じていました。クリモフと共にスケートをしていた時でさえも。私達が例えどんな滑りをしようと、非難する人がいるという事実に慣れていました。

でも最初から私はアンドレイに多大な信頼がありました。誰かが私達を信じるか否か、というのは問題ではありませんでした。主要な事は、自分達を信じている事です。


I︰その自信はどこから来るのか、自分自身に問い掛けた事はありますか?


K︰何故です?私達が自分達で幸運を掴んでいるという事を、私は全く疑っていません。全ての事は理由があって起きると、私は既に気づきました。私の人生の中で、明確な瞬間にアンドレイと会ってから、それはそのように起こるべきだったのです。あるいはどういう訳か、私はそんな素晴らしいパートナーであり信頼できる人間を受け入れるに相応しいのでしょう。


I︰それから素晴らしいコーチも。


K︰そしてコーチ、チーム、私達を助けてくれ、今も助けてくれる全ての人達。何と言っても私は一年半前、この先どのように生きるのか、何をしたらいいのか分かりませんでした。そして完全に予期せぬ所でタラソワとコーリャ・モロゾフが突然近くに現れました。実際、タチアナ・アナトリエヴナは私に言いました。そしてそのような方法で私は彼女を即座に信じたのです。

「まさかスケートを辞めたりしないでしょうね。貴方にはそんな権利はありません。私達が貴方の脚を治します。」

でも私は確実に、コーリャが同じ言葉を繰り返す事を期待しませんでした。私の事を受け入れる事もです。そんなに前の事ではないですが、彼は何かが上手く行くと長い間信じていなかったと認めていました。


I︰いつモロゾフの視点が確実に変わったのか、聞いた事はありますか?


K︰いいえ。でも、全てのポイントとしては、私が練習する事を熱望していた事でしょう。人が朝から晩まで懸命に働く時、最も重要な事はそれを望んでいる事です。他に何が出来るのでしょうか?


I︰この世界の最近出てきた訳では無いコーチ達からのサポートは、アスリートに責任を押し付けたりしますか?


K︰当然です。でもそれは義務ではありません。でも私はよく「義務がある」という言葉に疑いを持ちます。私が本当に何かを返さなければいけないと思う人達は、私の母と父です。私に人生を与えてくれました。私は、1つの道や他の事でも助けてくれたこの人達に、莫大な感謝の念があります。そして私がこの謝意を表現するやり方は一つだけ、私の仕事です。


I︰タラソワが貴方のトレーニングにしばしば訪れる事を知っています。それは助けになりますか?


K︰勿論です。外側から来る人は誰でも新鮮な目があります。それは常に有益なのです。タラソワはいつもどんな小さな事にも気づきます。そして完璧に気持ちを鼓舞するやり方を知っています。


I︰埼玉での世界選手権は見ました?


K︰はい。でも、これと言って感銘を受けたものを覚えていません。いつもなら、幾つかの演技が私の心に入り込んできます。平昌五輪でのアリオナ・サフチェンコ達のプログラムのようなものです。それから中国人達(スイ・ウェンジン、ハン・ツォン)の演技です。でも昨シーズンはそういった鮮明な印象は持ちませんでした。同じ中国人達は例外ですが。


(中略)


I︰今は身体的な状態をどれくらい気をつけてチェックしなければいけませんか?


K︰気をつけて…正しい言葉ではありません。私なら、全ての事における総合的なコントロール、と言います。トレーニングの過程と、休暇のどちらも。私は色々な事に対してとても厳しく、自分自身を制限しています。これが今は必要な事だと理解しています。


I︰そのような必要性に疲れたりしないんですか?


K︰全く逆です。この心構えが私に、自分の身体や能力を更に良くするのだと分かる事、感じる事を可能にしました。私が"これは必要だ"と理解せずに何かをやると、その事は全く起こらないのです。


I︰スパーリングに関してはどうですか?欠けていると感じますか?


K︰私達は今年、スパーリングが欠けているとは感じませんでした。私達がパームで滑っていた時、私達は定期的に若いペアから確かなプレッシャーを感じました。ええ、彼らは未だ何をどうするのかを知りません。でも同時に、彼らの目は燃えていて、そのために大胆さを感じるのです。彼らを見て、そして自分自身に語りかけます。

「何故あなたはルーティーンを滑っているの?彼らが背後からぶつかって来なくなるまでの練習を始めなさい。」と。

それは本当に本当に意欲を高めました。

 

I︰もし全てが貴方の願いに委ねられるとしたら、どの大会に出場したいですか?


K︰まずはオープン・テストスケートです。それからもっと全体的な目標はロシアナショナルです。私達は当然、ナショナルチームの資格を得たいですから。


I︰私が聞いたのは、また別の事です。冬の前に小さい大会に出場する予定はありますか?貴方とアンドレイは協同の試合経験を早く増やすという点において、出来る限り頻繁に演技をする必要がありますか?


K︰私達はトレーニングで試合の方式を持てるようにしている所です。私達は毎週試合をする必要があるのかどうか、理解しようとしています。若しくは、必要がないのか。

そうです。私達が競技に出たいかどうかは重要ではありません。競技のモードになると身体がどのように動くのかを理解する必要があります。回復にどれほどの時間がかかるのか。この点では、ジュニアの身体と大人では大きく異なります。

私が本当にやりたい事は、自分にとって全く新しい事に挑戦する事です。私達がプログラムを振り付けたとしても。それからコーリャが以前私達が使っていたステップやつなぎをやる事を提案したとしても、私は拒否しました。自分の繰り返しはやりたくありません。

現行のルールが全てのスケーターに、公平に厳しい基礎構造の作業を課しているのは明らかです。全員がとても似た要素をやらなければいけないのです。でも、出来る限りこうした基礎的な枠組みから遠く離れたものを得る事は、可能です。私達はアンドレイとその事に取り組んでいます。そしてそれは私にとてつもない喜びを与えます。私は自分の外見さえも変えたいです。髪を伸ばしているんです。


I︰"ホーム"というコンセプトは今の貴方の生活に存在していますか?


K︰ホームとは人が良い感覚を持つ場所です。パートナーがいて、コーチがいて、他には何も必要ありません。

 

 

終。

 

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ペア解散や結成のニュースは良く聞きますが、それぞれ色々な色々な事情があるので、もうインタビュー等で話が聞けるのを待つしかありません。それでも細かい事は語らないと思いますし、全部言う必要もないよね、と思います。

ロシアはペアやアイスダンスとなると、若い選手がこれでもかこれでもかと出てきますから、20代後半になっても現役を続けて、気持ちを切らさないというのは、すごい事だなと思いますし、根っからアスリートなのかな、と思いました。インタビューのお話からも、そんな感じがありましたね。

国際大会でクセニア選手を見る機会があるように願います。怪我などありませんように。長く現役で頑張る選手は本当に応援したいです。

 

クセニア・ストルボワ選手の新しいパートナーのスケーターさんのインタビューもありましたので、次はそれを訳してみようと思います。