TSLさんYouTubeチャンネルより、元国際審判のジョー・インマンさんインタビュー③
パート③です。2002年のソルトレイクシティ五輪の女子シングルについてが主です。
長丁場になりそうです💦全体を3つ位に分けようと思ってましたが、あまり長くなってしまうので、小分けにします。
ミシェルへの言葉に、ちょっと涙が…😢
I︰誰かが抜け出すだなんて、どうやって分かるだろう。だから憂鬱だった、当時の採点方式はね。そしてサラ・ヒューズが登場した。「これは一体どうしたものか」という感じだ。
彼女は少しジャンプを誤魔化したりはしていたけどね、どれくらいかは、ちょっと確かではないけど。何故かと言うと、そういう事を見る目が十分じゃなかったからだよ。そこが新システムの良い所だ。旧採点のジャンプにおいては、そこは欠陥だった。
以前はスケート技術を全ての基盤としていたから。もし素晴らしいスケート技術があるならば、ジャンプを誤魔化していたとしても、そこに違いは無かった。それでも上位へ行ける。私の判断では。それは恐ろしくも明らかな事だった。
それで、サラはスケートを滑って、私はただ感嘆していた。私は出来るだけ前を向いていようと努めていた。それでも少し周りを見渡した。それでカナダ人の審判員を見たら、お互いに目が合ったんだ。それで私は素早く元に戻した。何故なら私は、何でもいいが何かに見られる事は嫌だったからね。不適当な事だ。
そして私は採点をした。私が出来る全ては5.8、5.8だった。だから私は5.8、5.8を与えた。低めの点数だよ。彼女の順位に関しては、色々と複雑な事が起きていた。4位もあれば、いくつかの1位もあった。2位も、色々ね。
それから…次のスケーターの名前は何だったかな?
D︰サーシャです。
I︰サーシャ(・コーエン)。私はサーシャはもしかしたら表彰台に乗るかもと思っていたが、彼女は落ちてしまった。
他のスケーターでとても良い滑りをしたのは、村主章枝だ。私はフミエの点数を少し低めにつけたと感じた。ただフミエは表現が出来ていなかった。その事が、私が彼女に抑えた点数をつける事へと促した。表現力は大きな事だったから。芸術点をそれ以上与えさせてくれなかった。
D︰フミエはスター性を持っていません。不運な事ですが。
I︰彼女の滑りは抜きん出ていたよ。エッジが美しい。スケート技術の事だ。
そして、スルツカヤの登場だ。
D︰ミシェルがその前に滑りました。
I︰ああ、クワンだね。彼女は3回転ジャンプで両足の着氷があった。3回転-3回転をやったかどうか確かじゃないけど…
D︰3-3でした、やりましたよ。
I︰私はうーむと思った。そして、3回転フリップでの転倒だ。それから彼女はカタツムリみたいに遅かった。表現からも離れていた。
D︰あのシーズンはずっと、ミシェルはカタツムリくらい遅かったですね。
I︰彼女は遅く、そして表現から離れていた。私は「なんて事だ、音楽にも合ってない。」という感覚があった。彼女は動きをやっているんだが、それはまるで "私はやらないといけないから、やるんだ" というような感じだった。
そしてスルツカヤが登場した。狂ったようにリンクを走り回っていた。私は彼女の表現を見つけようとしていた。彼女は力強くて、全てのジャンプを跳んでいた。小さな転倒があったけど。
そして彼女は2サルコウ-2サルコウか、2サルコウ-2ループか、何かは分からないけど、そういうジャンプになってしまった。それで、うーん、となった。
そして考え始めた。スケート技術は大切だ。クワンもスルツカヤも2人ともに小さなエラーがあり、クワンには大きなエラーがあった。そして思った。「彼女たちに技術点は与えられない」と。そして二人ともが表現力は良くなかった。
それで、私はクワンに芸術点を与えた。スルツカヤには0.2点芸術点を少なくした。ただスルツカヤにはサラ・ヒューズと同じファーストマーク(技術点)を与えた。
それが私が出来た順位付けの全てだった。私が望んだものとは違ったがね。
つまり、1位にヒューズ、2位にスルツカヤ、3位をクワンとした。
ミシェルはボストンでの私の引退パーティーの時に私にこう言った。彼女は私の所に来てハグをしてくれて、
「貴方は長い間、いつも筋の通るベストな意見を言ってくれた。」とね。
私は元気づけられたよ。それから、ミシェルはこうも言った。
「五輪で滑る前に、貴方に会えたら良かったんですけれど、仕事をするために。
でも全ては過ぎた事です。私の家族の問題もあったし…私は、自分自身ではありませんでした。私は色々と取り乱したりしていて。
私はその事に関して自分を責めました。私は貴方を責めることはしません。貴方は貴方の仕事をしたのです。貴方は常に、私に対して公平でした。」
私は「ありがとう」と言った。
そしてミシェルは、
「貴方が私に6.0をつけた唯一の審判ですよ」と言ったんだ。私の答えは、
「その6.0が私が唯一つけたものだよ。それ以外は無かった。」だよ。
何故なら委員会は6.0の原理を変えたからだ。ちょうどその時にね。完璧さは、もはや無かった。そして私はこうも言った。
「まさにあの2つのプログラムがその瞬間だった。」と。
私は今でも覚えている。ラフマニノフと、リラ・アンジェリカだ。それこそ最高点を得るものだ。そして私にとっては、あの演技が今で言う9点代だよ。私はめったに9点代はつけない。
ジェレミー・アボットは9点だ、カナダのジェフ・バトルは私にとっては9.5だ。振付と、演技に関して。
それがスケーティングの有るべき姿なんだよ。全てがつながっている。一つの事が次へと導き、音楽と共に現れて、音楽と共に出ていく。これこそが、芸術とスケーティングだ。
D︰ソルトレイクシティでの事で一つ質問があります。興味深い事にショートプログラムを見ると、1人の審判がサラ・ヒューズを10位にしました。ロシアの審判だと思いますが。
ただショートは本当に面白い展開で、すごく採点が難かしいですね。以前の審判が何を基準に採点していたのか…審判たちが標準的なことをするならば、当時は本当に公平でなければならないのか。
とても興味深いんですよ、サラ・ヒューズは沢山の0.1から0.2の減点をショートプログラムの間にしていました。あちこちで。覚えていますか?
I︰いや。覚えてない。私がただ覚えているのはサーシャ・コーエンがとにかく気に入っていた事だよ。彼女を1位にしたのか2位にしたのか、思い出せないけど。確か彼女は私の採点表では2位だったと思う。
私はまだその表を持っているよ。ショートとロング、どちらも。ただ記憶しておくためにね。
何かのきっかけで見返した時には、「ふむ。私が採点したり描いたりしたものは、道理にかなっているな」とね。
J︰私は貴方を支援しますよ。
ところで、貴方が話した事で興味深いのは、ミシェルが貴方とセッションだとか何かをやれば良かった、と言った事です。
審判とする仕事とはどんな事なんですか?ちょっと巧妙な感じがしませんか。スケーターが「ジョーが審判をするなら、彼と仕事をしなきゃ」と感じるというのは。
I︰分からない。私が選手たちに伝えるのは、君たちがなれるベストに届くように助ける事だ、という事。私の音楽の背景からのものを加えて、装飾の仕方を加えて、音楽の中にある意味を明確にする事。
もし何かを変えたいと思うなら、もう一つ何かを加える。選手次第だよ。私にもそういう事を教えてくれた先生達が沢山いたんだ。1年、2年とね。私は先生達が話している内容が好きではなくて、信じていなかった。
でもそういう事だ。自分に役立つと思う事を取り入れる。それを取り入れて、使って、時には捨てるんだ。それで私が傷付く事は全くない。彼らが求めているものを知る事で、審判をしたりはしない。彼らの動きが音楽と合っているかどうか、それが私の求めている全てだ。
D︰動きの質に関してはどうですか?何故なら選手たちの何人かは明らかに…
I︰それは理解している。もしそういう人達が動くとしたら…スルヤでも動けたんだよ。でもそこには動きの質は何も無かった。今のスルヤがやっている事には、もっと質がある。彼女が競技に出ていた時よりも。まぁ、私個人の意見だよ。
続く…。