【アーカイブ】Japan Timesより。羽生への称賛:米国のバレエチームが伝説のスケーターに敬意を表する。】
羽生結弦選手の大ファンになった米国のバレエ指導者の方の、Japan Timesさんによるインタビューです。
【⠀羽生への称賛:米国のバレエチームが伝説のスケーターに敬意を表する。】
賞、メダル、声明、トロフィー、モニュメント、二度の五輪チャンピオンはそれらの全てを手に入れている。
では、全てを勝ち取ったスーパースターから、貴方は何を得るだろうか?
バレエを捧げるのはどうだろう?
それが羽生に関する次なる話題だ。ミズーリ州カンザスシティで近々あるフューチャー・ステージ・フェスティバルにおいて、クレッシェンド音楽学校のダンス・カンパニーにより、賛辞を捧げられる話題である。6月16日にカウフマン芸術劇場で、カンザスのオーバーランドパーク出身のグループがノッテ・ステラータを披露する。
このプログラムの発案者はカンパニーのオーナーである、クリスティーナ・ヴァルデスだ。彼女は4年前にクレッシェンド音楽学校を設立し、芸術監督と振付師として務めている。
ヴァルデスは水曜日にアイスタイムの独占インタビューに応えてくれた。彼女がどのように羽生を初めて知ったのか、彼女に与えた羽生の衝撃、そして賛辞を捧げる事へのインスピレーションについて。
「2018年の2月、私がダンスクラスの指導をして帰宅した所、私の家族が…私の家族はそんなにスポーツ好きな家ではないんですけれど、私の16歳の娘が、
"ねぇ、オリンピックが見たい。ロックスターの日本人フィギュアスケーターがいるんだよ。お母さんもすごく気に入ると思うよ"
と言ったんです。」
と、ヴァルデスは思い返していた。
「娘は、"インターネットは彼の話題で持ちきりだよ。彼、平昌に着いた所なの。凄いんだから。"と言っていました。」
「それで私は、"OK、見てみよう。"と返しました。それから私達は彼のショートプログラムを見たんです。そして、"なんてこと。これは一体何?私は今までこんなものを見た事がない" と思いました。」
とヴァルデスは語った。
「私が最初に娘に尋ねた事は、"彼はどこで練習をしているの?"という事です。」
ヴァルデスは思い出していた。
「娘は"カナダだよ"と言いました。でも私が尋ねた練習というのは、バレエの勉強の事に関してで、それに加えてのアイススケート、という意味だったんです。」
ヴァルデスはテキサス女子大学のダンスの学位を持っており、すぐにバレエとスケーティングの類似点に気づいた。
「彼が氷上でやっていた事は全て、まさに私がクラスで教えている事、そのものでした。柔軟性、強さ、呼吸、その他の全てです。
私の娘が、"彼はバレエの練習はしてないと思う。アイススケートの練習をしてるんだと思うよ。"と言ったのですが、その言葉で私はとにかく物凄く興奮しました。」
ヴァルデスが言うには、羽生がオリンピック二連覇を果たした後、彼女が感動したのは仙台出身の選手のスケーティングだけではなく、彼のマナーについてもであった。
「彼が金メダルを獲得した時、私達は喜んで浮かれていました。何故なら、私は心をつかまれてしまっていたので。」とヴァルデスは話した。
「私達が見た、彼と昌磨とハビとの関係を、私達は大好きでした。私は彼らがライバル同士だと思っていたので、彼らが何故ハグをして幸せそうにしているのか、分かりませんでした。」
「私の娘は、"違うよ、彼らは友達で、そしてライバルなんだよ"と言いました。」
「私は、これは驚くべきストーリーだと思いました。そして、素晴らしいスポーツマンシップだとも。」と、今週50歳の誕生日を迎えたヴァルデスは言った。
「それで、私はすぐさま私のスタジオで彼について話し始めました。私達は、ここミッドウェストにいます。私は生徒達に、ユヅが誰か知っているかどうかを質問しました。何人かは知っていましたね。私には数人の日系アメリカ人の生徒がいます。彼女たちの殆どは知りませんでした。その時以来、ダラス出身のヴァルデスは、完全に羽生に夢中になっていた。
「私は彼のスケートをもっと見始めました。」とヴァルデスは語った。
「テレビを見る代わりに、私達はユヅのプレイリストを作っていて、SEIMEIを見たり、Let's Go Crazyを見たりします。私の夫も、今は彼の大ファンですよ。」
11年間カンザスシティで暮らしてきたヴァルデスは、羽生への愛がどのようにして、バレエを捧げる事へと変容していったのかを話してくれた。
「私達は今年、ダンスリサイタルを行います。そこで私のビジネスパートナーとテーマを決めました。それは、''影響を受けたアーティスト"です。そして私は思いました。今、私が影響を受けているのは、ユヅ、そして彼のフィギュアスケートだと。」
と、ヴァルデスは語った。
「私はとにかく"ノッテ・ステラータ"と、曲そのものが大好きなんです。彼があの曲で行っていた事が大好きです。私は特に彼の音楽性のセンスを愛しています。彼はジャンプの終わりまで、音楽のフレーズから降りるのです。そしてそれは、ある意味で私が振り付けをしている事へ、本当に語りかけてくるのです。」
「それから、"ノッテ・ステラータ"そのものが、ポワントワークに適しています。文字通りポワントのダンスとして見えたからです。ですから私は、ユヅへのノッテ・トリビュートをやろうと思いました。そういう感じで始まりました。それで、"ノッテ・ストラータ"を500回くらい見ました。」
世界中の多くのファン達のように、ヴァルデスの伝説的スケーターへの愛はとても深く、また力強いものだ。
「私はファンになってからすぐに、夫に言ったんです。
"誕生日プレゼントはいらない。クリスマスプレゼントはいらない。これからの人生の、どんなプレゼントもいらない。私はただ、‘私の人生でいつの日か、ユヅがスケートをしている所を見に行く事 ’、それが出来たら他は何もいらない。"とね。
それは、信じられないほど素晴らしい事でしょうね。」
ヴァルデスは、いつか日本へ行って、自分の目で羽生が滑っている姿を見る事が、彼女の夢だと話した。
羽生のスポーツへの情熱と忍耐力の組み合わせは、ヴァルデスにとって彼への尊敬のルーツとなっている。
「芸術が芸術を支えているのです。彼はまさにインスピレーションで、誰かを激励したり、感化したりする人です。芸術家というだけでなく、1人の人でもあるのです。
2週間前、私は自分のクラスでレクチャーをしました。ユヅがどのように津波の悲劇を耐え抜いてきたのか、そしてカナダという新しい国へ行ったのかを。それは彼にとってどれほど難しい事だったか、間違いなく厳しい事だったでしょう。」
「私の生徒たちは、皆12~18歳くらいで、(その話を聞いた事で)もっと多くのものが現実的になったようでした。私のスタジオにいる人達は全員、ユヅに対してたくさんの愛と理解があると思います。」
「このカンパニーには40人の少女たちがいます。ノッテ・ステラータには24人のダンサーが出ます。私達は大きな舞台に選ばれました。私達には20分の時間があります。ノッテ・ステラータで演技を終えるつもりでいます。とても興奮しています。」
アイスタイムは、クレッシェンド音楽学校の生徒たちの中にスケーターがいるのかを尋ねた。
「このカンパニーのダンサーの中に、スケーターはいません。ここには多くのユヅを愛するバレリーナ達がいるだけです。」
我々の会話を終える際にヴァルデスは、彼女にとって、羽生がどうしてバレエダンサーに似ているか、その視点をより深く話し始めた。
「私は平昌でのユヅのスケートを見た時、彼はスケートが出来る熟練のバレエダンサーに違いないと思いました。
それが私の最初の予想です。ただ彼のポール・ドゥ・ブラ(腕の運び)や身体の動かし方に基づいたものです。彼はまるでバレエダンサーのように動きます。私は彼がきちんと練習を詰んだのだと思ったのです。彼が自然体なのはまた別の話で、だからこそ彼は美しいのです。」
去年ウィルソンがアイスタイムに話してくれた事があった。羽生が動きを完璧にするために、どれほど鏡の前で時間を費やすのか、についてだ。それが、ヴァルデスが即座に認識したものだろう。
「彼の身のこなし、そして彼がスケートをする時の、腕の動きと共に造り上げる空間、それはただとても良いバレエなのです。」
とヴァルデスは見解を述べた。
「彼の音楽性。音楽に合わせて、正しい場所で腕を動かしている事を、彼は理解しています。」
「私は、彼の全てのスケートがずっと忘れられずに、記憶に残り続けると、全く疑いもなくそう思います。彼はとても多才で、Let's Go Crazyから、ノッテ・ステラータまで出来ます。ただ素晴らしいです。彼のスケートは、私の魂に語りかけてくるのです。」
終。